◆山口の不動産事情って?

1.住宅事情

山口県は本州の西の端にあり、北は日本海、南は瀬戸内海、西は関門海峡と、海に囲まれた県である。総人口は、1,492,606人、5年前の平成12年と比べると、35,358人減少し2.3%のマイナスとなっている。総面積は6,111.91平方キロメートルで、人口密度は244.2人(1平方キロメートルあたり)となっている。


一般世帯の数は579,805世帯、うち持ち家が388,347世帯、借家(公営、都市機構、公社の借家・民営の借家・給与住宅を含む)が185,953世帯となっており、持ち家率は66.9%で、東京都の持ち家率46.3%と比べると高くなっている。一方、県庁所在地である山口市での持ち家率は61.9%で、県全体と比べると、5.0%低い結果となった。


住宅の建て方は、一戸建てが70.1%、長屋建てが3.9%、共同住宅が25.7%と、一戸建ての割合が、かなり高くなっている。


また、住宅に住む一般世帯の家族形態は、核家族世帯が419,032世帯、その他の親族世帯が68,287世帯、非家族世帯(世帯主と親族関係にないものが同居)が2,086世帯、単独世帯(世帯人員が1人)が158,687世帯となっており、核家族世帯は全体の72.2%と、ここ山口県においても、核家族化は特に進んでいるといえるだろう。
※平成17年度国勢調査による。

 

2.人気の路線・駅

山形周辺は、「最上」と呼ばれていた地域であった。1300年代に、斯波兼頼という武将が山形城を築いたことから町の歴史が始まった。その後、斯波兼頼が地名を「山形」と改めた。斯波兼頼の子孫は、この地の名前から最上氏と名乗り、現在の山形県内を支配していた。

 

城下町の機能が発達したのは、最上氏11代目の最上義光の頃である。最上義光は、出羽山形藩初代藩主でもある。山形城は、国指定の史跡として、復元された大手門などとともに現在も城址が残されている。

 

江戸時代に入ると、蔵王や出羽三山の山岳信仰が人気となり、参拝者が多く山形に集まったことから、にぎわいをみせたという。

 

明治時代の廃藩置県後、山形藩は山形県と名称を変え、山形市に県庁が置かれた。その後、周辺の町村との合併により、現在の規模となっている。